マルムティエの聖エティエンヌ教会

マルムティエの聖エティエンヌ教会

  1. アルザス最古級の大修道院付属教会
  2. ロマネスク様式の代表建築
  3. ゴシック様式とバロック様式
  4. 地下聖堂
  5. あの歴史人物も弾いたパイプオルガン
  6. 別名がある教会?
  7. アクセス

アルザス最古級の大修道院付属教会

マルムティエはストラスブールの北西約30キロに位置する町で、人口は約2700人です。

マルムティエの聖エティエンヌ教会は、大修道院付属教会という種類に分類されます。

大修道院付属教会とは何か?と言えば、文字通り大修道院のために作られた教会のことです。大修道院がなくなって時が過ぎた今でも大修道院付属教会と呼ばれ続けているものも少なくありません。マルムティエにもかつて大修道院があったのです。

マルムティエ大修道院の創立は6世紀と言われており、聖エティエンヌ教会は、アルザスの大修道院付属教会の中で最も古い教会のひとつだとされています。

ちなみにアルザスという地名がアルザシオネ、またはアルザシウスという名で歴史に初めて登場するのが7世紀。マルムティエの大修道院はそれより古い時代に既に存在していたんですね。

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マルムティエの大修道院の創立者は、アイルランドからやって来た聖レオバール(Léobard)という修道士だとされています。地域史においてもほとんど名の知られていない人物ですが、修道士の布教によってキリスト教が各地に浸透していった時代を象徴する話と言えます。

また、聖レオバールは、日本でも知られる聖コロンバン(コルンバヌス)の弟子と言われています。聖コロンバンもアイルランド出身です。

ロマネスク様式の代表建築

マルムティエの聖エティエンヌ教会は、最初の建造から何度も建て直され、現在まで残っているものは1140年ごろに新築された建物だそうです。ロマネスク様式の代表建築としても知られ、アルザス・ロマネスク街道を構成する21の立ち寄りスポットのひとつとなっています。

実際には全てがロマネスク様式というわけではなく、13世紀に再建された部分はゴシック様式18世紀に再建された部分はバロック様式なので、それぞれの特徴を見ることができます。

ロマネスク様式は正面と入口部分です。ロマネスク様式の特徴としては、重厚感があり、窓が小さめなこと、半円アーチが挙げられます。

もうひとつはロンバルディア帯(たい)(またはロンバルド帯)と呼ばれる装飾です。壁面から少しだけ突出させて作った小さな半円アーチを並べたもので、装飾用の柱(付け柱)に組み合わせ、更にそれを連続させたものも多く見られます。

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マルムティエの聖エティエンヌ教会では、階と階を隔てるラインとロンバルディア帯の半円アーチの連続が水平に伸びる一方、装飾用の柱(付け柱)が非常に長く、これによって垂直に伸びるラインが強調され、縦横のラインの見事な調和を見せています。

どっしりした雰囲気の中にも、一種の軽やかさや上昇するような線の動きといった印象も受けます。

2本の円柱を備えた入口前のポーチは、真ん中に大きな半円アーチ、左右に小さな半円アーチを描き出しています。大きくて高いものの両側に小さくて低いものを配置したシンメトリー(左右対称)は、教会正面の形を印象付ける3つの塔にも共通しています。中央に四角い塔、その左右に八角形の塔があって、シンメトリーによるバランスの良さが生かされていますね。

中央の塔の上階には3つの小さな丸窓、その下には連双窓がふたつあります。連双窓はそれぞれ半円アーチで囲まれた作りになっていて奥行きが感じられます。

また、各塔の下部分の妻壁は三角形を描いており、三角形の真下はロンバルディア帯で装飾されて凝った作りです。

このように各所に配された様々な装飾や形による視覚効果は、リズム感を生み出しているようにさえ思われます。

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入口前のポーチ部分の浅浮彫りレリーフ。左のレリーフはぶどうをデザインしたと思われる。
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写真右上の窓は、周りに作られた小さな四角形の突起装飾によって奥行きが強調され、壁部分には植物模様の彫刻が施されている。
浅浮彫りのレリーフ。三頭像(左)。架空の動物(右)は、肩の部分に羽のようなものがある。足の指は6本。

彫刻は浅浮彫りのレリーフが中心で、具象と抽象のどちらも目を引くモチーフばかりです。

具象的モチーフの中で最も謎の多いものは、なんといっても三頭像の彫刻ケルトの伝統のひとつ、3人一組(トライアド)に由来していると説明されています。顔が3つある神の像の彫刻などが知られていますが、マルムティエの彫刻は、顔が3つの人物が2つの顔を抱えていて、足の間にも顔が1つあるので、とても不思議ですよね。まあ、仏像の多面多臂像に比べたら驚くことでもないのかもしれませんが・・・

ゴシック様式とバロック様式

教会の身廊(内部の中央部分)と翼廊(教会内部を上から見た時に十字形に見える十字の横線部分)は、13世紀にゴシック様式で建造されました。ゴシック様式の特徴である尖頭アーチ形の窓や小尖塔(ピナクル)などがあります。

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内陣と呼ばれる教会奥の部分はバロック様式による18世紀の建造ですが、教会の中にある見取り図では一部にゴシック様式が残っていることになっています。正直言って外観からバロック様式だというのはわかりません。内部の祭壇を飾る多くの天使像や装飾天蓋にバロック様式が反映されています。

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後部の外壁には文字が彫られています。

地下聖堂

教会の中に入り、十字架の道行きを描いたレリーフ、ステンドグラス、バロック様式の祭壇などを見て進んでいくと、地下聖堂への入口があります。

1990年から見学可能になっているこの地下聖堂は、1972年に終了した発掘調査の成果が展示されています。12世紀にロマネスク様式で建造される前の8世紀に建造された時の土台部分や遺構の一部、石棺、宝飾品などを見ることができます。

あの歴史人物も弾いたパイプオルガン

マルムティエの聖エティエンヌ教会は、素晴らしいパイプオルガンがあることでも知られています。優れたパイプオルガンの制作者として知られるアンドレアス・ジルバーマン(アンドレ・シルバーマン)が1709年に作り、息子ヨハン・アンドレアス・ジルバーマン(ジャン・アンドレ・シルバーマン)が1746年に手を加えたものだそうです。

また、このパイプオルガンには、日本とゆかりのある歴史人物にまつわるエピソードがあるんですよ。パイプオルガンは1955年に修復されたのですが、その計画段階でオルガンの状態を調べたのは、ノーベル平和賞受賞者アルベルト・シュヴァイツァー博士。この検査にはベルギーのエリザベート女王も一緒に訪れたそうです。シュヴァイツァー博士はアルザス出身で、オルガン奏者としての才能もあり、ストラスブールなどの教会でもパイプオルガンを演奏したことが知られています。

マルムティエのパイプオルガンは2010年に新たな修復が行われたそうです。

玉川学園の教育博物館にシュヴァイツァー博士の遺品などが展示されていますが、シュヴァイツァー博士がオルガンを演奏しているポーズの石膏手形もあるそうですね。

別名がある教会?

この記事では「聖エティエンヌ教会」と表記していますが、聖エティエンヌはフランス語名で、日本では聖ステファノとして知られています。聖ステファノはギリシャ語名ステファノスに由来するようです。

こうした違いの例としては、聖ピエール(フランス語)=聖ペトロ(日本語)が挙げられます。ヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂のサン・ピエトロも聖ペトロの意味ですよね。

マルムティエの「聖エティエンヌ教会(聖ステファノ教会)」は、アルザス・ロマネスク街道のサイトでは「聖マルタン教会」として紹介されています。聖マルタンは聖エティエンヌとは全くの別人。ちなみに日本では聖マルチノ、または聖マルティヌスと呼ばれる聖人です。

この別名はいったいどうして?

いろいろ調べて答えが見つかりました。かつては大修道院付属の「聖マルタン教会」という名称で存在していたのです。また、町には聖エティエンヌ教会と呼ばれる小教区*教会もあったそうです。ところがこの聖エティエンヌ教会は老朽化が進み、売却されることに伴って1805年に聖マルタン教会が小教区教会となり聖エティエンヌ教会と呼ばれるようになったのだそうです。

小教区:教会行政の基本単位の地区。複数の小教区を管轄する更に広い地区は教区と呼ばれる。

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少し時代をさかのぼると、フランス革命期には 各地の多くの大修道院と同様にマルムティエの大修道院でも修道士たちが退去させられ、大修道院の財産が取り上げられました。しかし大修道院の建物が失われた大きな原因は、もっと後の19世紀後半から20世紀初頭にかけて何度も発生した火災だとされています。当時の建物の写真がどこかに保存されているのでしょうか?興味がありますね。

アクセス

サヴェルヌSaverne駅からバス420番ヴァッセローヌWasselonne方面行きに乗車して、教会に一番近いバス停で下車(要確認)。


参考

Marmoutier, Histoire de Marmoutier

2000 ans d’architecture en Alsace, L’Abbatiale de Marmoutier

POP : la plateforme ouverte du patrimoine, Abbaye de bénédictins

CANOPE, Abbatiale St-Etienne de Marmoutier

Bulletin municipal de Marmoutier N°45 septembre 2020 (PDF)

Itinéraire Orgues Silbermann, Marmoutier – Abbatiale Saint-Etienne

シュヴァイツァー資料(玉川学園)