マルムティエ聖エティエンヌ教会の三頭像

マルムティエ聖エティエンヌ教会の三頭像

1.マルムティエの三頭像についてのふたつの疑問

2.三頭像はケルト由来?

3.「枠組みの法則」に従って頭を増やした?

4.他の説も探してみる

5.三頭像は、子供を抱くケルトの母神?

マルムティエの三頭像についてのふたつの疑問

マルムティエにある聖エティエンヌ教会の西側ファサード(外側部分)には、とても奇妙な図像の浮彫りがあります。一般的に「三頭像」と呼ばれているもので、人間のような姿をしていますが、一つの体に3つの頭がついています。それだけではありません。両腕でふたつの頭を抱え、更に両足の間にも頭が1つあるのです。つまり頭の数は全部で6つ。一つの体にこれだけ多くの頭を組み合わせた図像というのは、極めて珍しいのではないでしょうか。

マルムティエの聖エティエンヌ教会」と題した記事の中でこの三頭像に触れ、「ケルトの伝統のひとつ、3人一組(トライアド)に由来していると説明されています」と書きました。でも変じゃないですか、体がひとつなのに頭は全部で6つあるんですよ。

そこでこの記事では、まず次のふたつの疑問から調べてみようと思います。

  • この教会を建造した人々は、なぜケルトの伝統に由来する図像を正面に入れようとしたのか?
  • 両腕に抱えられたふたつの頭が90度傾いているのはなぜか、そして両足の間に頭があるのはなぜか?

三頭像はケルト由来?

マルムティエの三頭像について詳しく扱っているFrançois-Jacques HIMLY氏の記事(1954年)では、ロマネスク美術がガロ・ローマ美術(ローマ帝国支配下のガリア美術)、特にガリア由来の美術から影響を受けていることは周知の事実であるとして説明が展開していきます。同氏は、この三頭像のルーツがガリア美術である理由に次の3つの特徴を挙げています

-3つの頭がひとつの首から出ている(同様の図像は他でも見られる。ブルゴーニュ地方のボーヌで発見された石碑の三頭像など)。

-両腕のどちらにもブレスレットがある(ガリア人にとって装飾品は重要だった)。

-他の3つの頭は切り落とされている(生贄)。

こうした説明に加え、同氏の記事には、「なぜケルトの伝統に由来する図像を教会の正面に入れようとしたのか?」の疑問に対する答えがありました。アルザスではケルト文明が継続していたから。ケルト由来の地名や伝統がいくつもあることなどからも、ケルト文明の継続性が認められ、アルザスにゲルマン人が定住したからと言ってガロ・ローマ文明が突然失われたわけではないのだそうです。マルムティエの浮彫りを手がけたロマネスクの彫刻家は、大衆文化の伝統に深く根付いていた三頭像をモデルとした、同氏はこのように結論付けています。

でも頭は全部で6つあるので、首とつながっていない残りの3つに関しては謎が残ったままです。

「枠組みの法則」に従って頭を増やした?

François-Jacques HIMLY氏の記事が書かれてから約20年後、別の著者が全く異なるアプローチでマルムティエの三頭像の謎について解説しています。

Jean-Philippe MEYER氏の1977年の記事です。マルムティエの三頭像のモデルは、スイスのペイエルヌ(Payerne)大修道院付属教会にある三頭像だとイラスト付きで紹介しています。ペイエルヌの浮彫りは教会の南袖廊にあり、11世紀のものだそうです。頭が3つあるだけでなく、顔の造りや手の特徴などが驚くほどマルムティエの三頭像と似ています。ただし両腕にも両足にも他の頭はありません。

Sculptures de l’abbatiale de Payerne (Suisse)
Crédit photo : Gallica, BnF
BLAVIGNAC Jean-Daniel, Histoire de l’architecture sacrée du quatrième au dixième siècle dans les anciens évêchés de Genève, Lausanne et Sion. Atlas, 1853.

同氏は更に、アルザスのヴァルブール大修道院教会にもマルムティエの三頭像に似た顔の浮彫りがあると紹介しています。ヴァルブールの方は三頭像ではなく顔だけです。近隣の村で発見されたまぐさ石の一部分が保存されており、横長の四角い石の一面全体に浮彫りがあります。顔の下にブドウの木の枝があり、顔はそれに噛みついているような場面構成になっていて、マルムティエの三頭像とは異なりますが、丸い目と四角い鼻、髪も類似しています。

MEYER氏はマルムティエの三頭像は単にペイエルヌの浮彫りから影響を受けただけではないと断言しています。ペイエルヌの三頭像は頭が3つなのに、マルムティエの三頭像には頭が6つあるのはなぜか、その理由は、ロマネスク美術の特徴のひとつ、限られた空間を埋め尽くすこと(枠組みの法則)だとしています。同氏は、マルムティエの浮彫りを作った彫刻家は、石の四角い表面全体に浮彫りが均一になるように構成するとともに、石の縁に浮彫りが接する点をできるだけ多くするという、2つの目的を追求したのだと評価しています。

こうしたことから、6つの頭(顔)は幾何学的な配置になり、大きな手のある両腕もいっぱいにひろがり、両足も開いて、石の縁が囲む四角い空間にはほとんど隙間なく浮彫りが施されているというわけです。

他の説も探してみる

上記の両氏の記事のおかげで、当記事で最初に書いた疑問の答えは見つかりましたが、別の疑問が出てきました。枠組み全体に浮彫りを入れたというのは納得できますが、それならどうして頭以外のものを選ばなかったのでしょうか?ロマネスク美術でよく見られる装飾的な葉の図柄などではいけなかったのでしょうか?たくさんの頭(顔)が所狭しと彫られているのは、やはり奇妙です。視覚的インパクトが強すぎて、この浮彫りが純粋な装飾だとか、特別な意味を持たない空想上の生き物だとかでは、何か納得しがたいものがありませんか?

調べているうちに、マルムティエの教会の西側ファサードに関する博士論文(著者Suzanne Braun)があることがわかりました。2001年に発表されたもので、上記の2つの記事よりずっと最近のものです。新たな解釈があるのでしょうか?この論文を閲覧できないのが残念です。

他の説はないものか・・・嬉しいことにマルムティエの自治体のサイトに意外な説明がありました。

「おそらく2つの役割があったのだろう:信者に罪を思い出させること(略)、そしてまた、サタンが大嫌いな教会の中にサタンを留めておくこと。」

https://www.marmoutier.fr/decouvrir-et-visiter/visiter-marmoutier/eglise-abbatiale-saint-etienne.html

三頭像は、子供を抱くケルトの母神?

HIMLY氏の記事に戻りましょう。参考文献と注記があり、注記の中に「古参の聖具保管担当者の話によると、4つ子に囲まれた女性を示している」という記述があるではないですか。でも、4つ子?頭が6つなので、変ですよね?母親と子供5人、あるいは母親が3頭だったとして子供は3人・・・計算が合わないのはなぜでしょうか。また、両腕に抱えられた長細い2つの頭と比べて、両足の間にある頭がやけに大きいのも不思議です。

ケルトの女性と子供たち・・・この説明をもとに、マルムティエの三頭像を更に別角度から見てみましょう。

ケルトの女神たちの像の中には、二人の赤ちゃんを両腕で抱いている母神像があります。マルムティエの三頭像が腕で二つの頭を抱えている姿にどこかしら似ています。赤ちゃんを抱く母神像はフランスの何か所かで同様のものがいくつも発見され、複数の美術館で保管されています(Musée d’archéologie nationale de Saint-Germain-en-Laye, Cité de la céramique de Sèvres, Musée d'art et d'archéologie de Guéretなど)。

Figurine de déesse-mère dite courotrophe
Crédit Photo (C) RMN-Grand Palais (Sèvres, Cité de la céramique) / Martine Beck-Coppola, Sèvres, Cité de la céramique, Figurine de déesse-mère dite courotrophe

マルムティエの三頭像が腕に抱えているのは頭だけで、顔の表現方法からしても赤ちゃんではないようですが、二つの頭が子供を象徴している可能性はないでしょうか?

美術館所蔵の母神像の説明のひとつ*を読むと、「こうした母神像は、ローマ帝国時代のガリアでは、非常に数多く作られた」とあります。ネットで見つかる写真で像を見比べてみると、母神が抱いている赤ちゃんがひとりの像もありますし、ふたりの像もあります。また、授乳している像、授乳していない像など、多少の違いがあることがわかります。

*トゥールーズのSaint-Raymond 美術館所蔵の母神像についての説明, N° Inventaire 25552 (https://www.pop.culture.gouv.fr/notice/joconde/05630030216)

この説明文によれば、こうした母神像は「ガリアにおいて単純にヴィーナスに関連付けられた母性だけでなく、母神を象徴していると同時に、最も普遍的な意味での繁殖力も象徴している」そうです。

ガリアでは赤ちゃんふたりを腕に抱いた母神を表わす図像がかなり浸透していたことがわかります。アルザスでは類似する母神像は発見されていませんが、マルムティエの三頭像を作った彫刻家は、こうした母神像のことを知っていたかもしれません

もうひとつ注目したいのは、ガロ=ローマ文化の3人一組(トライアド)母神像というものがフランスにいくつもあることです。3人の母神を並べた図像です。

マルムティエの三頭像はケルトの3人一組(トライアド)に由来するというのは、それは母神の3人一組(トライアド)を示しているかもしれない、という仮説は的外れでしょうか?

補足:ガロ=ローマは、ローマ帝国支配下のガリア。ガリア人は現在のフランスに住んでいたケルト人。

マルムティエの三頭像の両足の間にある6つ目の頭は、他の頭と違っています。一対を成す頭がありません。枠組みの法則に従って表面いっぱいに浮彫りを施したのであれば、頭の浮彫りの形や大きさは、両足の間の空間に合わせたことが想像できます。単に空間を満たすためだけに両足の間に頭を配した構成にする・・・大胆ですよね。それだからこそ、枠組みの法則によって埋めたという説明はやや物足りない感じがします

しかも、外壁の他の浮彫りには、空間が浮彫りで埋め尽くされていないものもあるのです。例えば、三頭像の少し下にある動物像の尾の周りには何も彫られていません。

Bas-reliefs, façade occidentale de l’abbatiale Saint-Étienne de Marmoutier

ケルトの母神を表わすという見方からすると、マルムティエの三頭像の6つ目の頭は、生まれたばかりの赤ちゃんを表現しているのかも・・・でも、頭が大きすぎますね

マルムティエの三頭像のように頭が6つある像というのは、他に例がないようです。この浮彫りの独創性には驚嘆するしかありません。



出典&参考 :  

HIMLY Jean-François, Origine et Signification du tricéphale roman de Marmoutier, Bulletin de Société d’histoire et d’Archéologie de Saverne et de ses environs, Décembre 1954,p.9-11, Consultable sur Numistral

MEYER Jean-Philippe, A propos du « monstre tricéphale » roman de Marmoutier, Pays d’Alsace, Société d’histoire et d’archéologie de Saverne et environs, janvier 1977, p.7-9, Consultable sur Numistral

Équipe du musée Saint-Raymond, Déesse-mère, POP : la plateforme ouverte du patrimoine [En ligne]. Page consultée le 30 juin 2023, Disponible sur le site POP.

BLAVIGNAC Jean-Daniel, Histoire de l’architecture sacrée du quatrième au dixième siècle dans les anciens évêchés de Genève, Lausanne et Sion. Atlas, Victor Didron,1853, page LIV, Consultable sur Gallica, BnF

Images d’Art

L'église abbatiale Saint-Etienne (Site de la ville de Marmoutier)